法務コラム
オフィス移転・契約更新前に必読!「事業用賃貸借契約書」審査の罠と対策
投稿日:2025.06.05
※本記事は、2024年2月19日(月)に開催した「実践で学ぶ契約書審査の実務 事業用賃貸借契約書の審査を学ぶ」セミナーのセミナーレポートです。
事業の成長や変化に伴い、オフィスの移転や契約更新は多くの企業が直面する重要な経営判断です。その際に交わされる「事業用賃貸借契約書」には、複雑な法的要素が絡み合い、見落としがちなリスクが潜んでいることも少なくありません。本レポートでは、GVA TECH 株式会社が主催し、同社導入コンサルタントで弁護士の中田が登壇したセミナー「事業用賃貸借契約書の審査を学ぶ」の内容を基に、契約審査のプロが指摘する重要ポイントを徹底解説。契約締結前に知っておくべき法的知識から、実務で役立つチェックポイントまで、わかりやすくお届けします。
目次
事業用賃貸借契約:まず知っておきたい2つの大原則
事業用建物の賃貸借契約書を読み解く上で、まず大前提として理解しておくべき2つの重要な法的側面があります。これを知っているかどうかで、契約交渉やリスク判断の精度が大きく変わるでしょう。
民法だけでは不十分?「借地借家法」のインパクト
賃貸借契約は民法に規定がありますが、特に建物や土地の賃貸借に関しては「借地借家法」という特別な法律が大きく関わってきます。民法の規定の多くは当事者間の合意で変更できる「任意規定」ですが、借地借家法には、当事者間の合意があっても変更できない「強行規定」が含まれています。
この強行規定は、特に借主を保護する内容が多く、契約書にこれと異なる内容を定めても無効となる場合があります(セミナーでは借地借家法30条、37条が挙げられました)。つまり、契約書だけを見て「これで合意したから大丈夫」と安心するのは早計で、借地借家法のフィルターを通して契約内容の有効性をチェックする必要があるのです。
「普通賃貸借」と「定期賃貸借」:契約形態の違いと賢い選択
事業用建物の賃貸借契約には、大きく分けて「普通賃貸借」と「定期賃貸借(定借)」の2つの形態があります。この違いを理解することは、事業計画に合った契約を選ぶ上で非常に重要です。
- 普通賃貸借とは? 契約期間を定めても、貸主側から契約更新を拒絶するには「正当事由」が必要とされ、原則として契約は自動的に更新されます。借主にとっては、長期間安定して物件を利用しやすいというメリットがあります。
- 定期賃貸借(定借)とは? 貸主は「正当事由」がなくとも期間満了とともに契約を終えることができ、期間のコントロールがしやすい形態です。オフィスビルなどではこの形式も多く見られます。
どちらの形態が良いかは一概には言えません。長期的な拠点として安定利用を最優先するなら普通賃貸借がよろしいかと存じますが、定期になっていることのリスクを踏まえたうえでそのほかのポイントで条件的に有利な物件を確保するため定期賃貸借を行うことも十分考えられます。契約条件を正確に把握したうえで、自社の事業フェーズや将来計画に照らし合わせて慎重に検討する必要があるでしょう。
ここが落とし穴!契約書審査で絶対押さえるべき3つのポイント
契約書の条文は多岐にわたりますが、特に事業用賃貸借契約において、トラブルに発展しやすかったり、思わぬ不利益を被ったりする可能性があるのはどのような点でしょうか。セミナーでは、借地借家法との関連も踏まえ、特に注意すべき3つのポイントを解説しました。
契約期間と更新条件:「いつまで借りられる?」「更新料は?」の落とし穴
事業用賃貸借契約において「契約期間と更新条件」は、事業の継続性や将来計画に直結する極めて重要な項目です。
まず、契約がどれくらいの期間有効であるのか、そして「いつまでその物件を安定して使用できるのか」という基本的な見通しを明確に把握する必要があります。契約を更新する際には、「更新料」が別途発生するのか、発生するとすればその金額や算出根拠は何か、さらに更新後の新たな契約期間がどのように設定されるのかといった具体的な条件を詳細に確認することが不可欠です。また、貸主側から契約の更新を拒絶される場合、どのような条件であればそれが認められるのか、その際の通知期間が借地借家法に定められた原則(通常は契約期間満了の6ヶ月前)と比較して、借主にとって不当に不利なものとなっていないかという点も注意深く見るべきです。加えて、事業計画の変更などにより契約期間の途中で解約する必要が生じた場合に備え、「中途解約」が可能とされているか、可能な場合にはどのような手続きや解約に伴う費用(違約金など)が定められているのかについても、契約締結前にしっかりと確認し、自社のリスクとして許容できる範囲かを見極める必要があります。
賃料は上がり下がりする?:「賃料増減額請求」のリアル
次に「賃料増減額請求」に関する理解も、契約期間中のキャッシュフローに影響を与えるため、非常に重要です。
これは、契約で定めた賃料が、契約締結後の経済事情の変動(例えば、近隣の賃料相場の大幅な変動、固定資産税や都市計画税といった公租公課の増減など)によって、実態にそぐわない「不相当」なものとなった場合に、貸主および借主の双方が、将来に向かって賃料の増額または減額を法的に請求できるという権利です(借地借家法第32条)。契約書の中には、この賃料増減額請求権を事実上制限するような特約、例えば「契約期間中は一切賃料を増額しない」といった内容の不増額特約が定められていることがあります。このような特約の法的な有効性や、逆に借主にとって不利な形で容易に賃料が改定されてしまうような条項が含まれていないかを慎重に確認することが求められます。特に、「当事者間の協議により賃料を改定する」といった一般的な文言が記載されている場合でも、最終的に協議が整わなければ法的な賃料増額請求の手続きに進む可能性があること、そしてその際にどのような基準で判断されるのかについても、あらかじめ理解を深めておくことが賢明です。
退去時のトラブル回避!:「通常損耗」と「原状回復義務」の境界線
そして「通常損耗と原状回復義務」の範囲の明確化は、賃貸物件の退去時にしばしば発生するトラブルを未然に防ぐために不可欠なポイントです。
借主は、賃貸借契約が終了して物件を明け渡す際には、借りた時の状態に戻す「原状回復義務」を負うのが原則です。しかし、問題となるのはその「範囲」であり、特に長年の通常の使用や時間の経過によって自然に生じる損耗や汚れ、いわゆる「通常損耗」(例えば、壁紙の日焼けや画鋲の跡、家具の設置による床の軽微なへこみなど)の修繕費用を借主が負担すべきかどうかが大きな論点となります。通常損耗の修繕費用は原則として貸主が費用負担すると考えられていますが、契約書の中に、この通常損耗についても借主の費用負担で修繕するという内容の「特約」が設けられているケースも少なくありません。そのような特約が法的に有効と認められるためには、特に「明確性の原則」(借主が負担する原状回復の範囲や内容が契約書に具体的に明記されており、かつ借主がその内容を契約締結時に明確に認識した上で合意していること)が考慮されます。事業用物件の契約においては、この明確性の原則がどのように適用されるのか、特約の内容が合理的かといった点を吟味し、退去時に予期せぬ高額な費用負担を強いられることのないよう、契約内容を詳細に確認しておくことが極めて重要です。
失敗しないためのオフィス移転準備と契約管理術
オフィス移転は企業にとって大きなプロジェクトです。契約書の審査だけでなく、移転を成功させ、その後の契約管理をスムーズに行うためのポイントも押さえておきましょう。
- 契約前の入念な準備(デューデリジェンス):
- 現在の事業規模だけでなく、将来の成長予測も踏まえ、適切な広さ、立地のオフィスを選定しましょう。
- 契約書はもちろんのこと、物件の詳細な情報が記載された「重要事項説明書」の内容も細部まで確認することが不可欠です。
- 前述の原状回復の範囲や条件を契約締結前に明確にし、貸主側と認識を合わせておくことで、退去時の紛争リスクを低減できます。
- 契約締結後の確実な管理:
- 特に忘れがちなのが「契約更新の期限管理」です。気づかないうちに更新期間を過ぎてしまったり、逆に自動更新されてしまったりといった事態を防ぐため、契約管理システムなどを活用して更新期限をリマインドする仕組みを整えておくことが推奨されます。
▼本セミナーのアーカイブ動画はこちらからご視聴いただけます。
https://gvamanage.com/seminar/business-lease-agreement20240219/