法務コラム
契約書管理方法の完全ガイド:エクセル・システム比較とリスク対策
投稿日:2025.10.03
契約書は、ビジネスにおける重要な約束事を記録した企業の貴重な資産です。しかし、多くの企業ではその管理が煩雑し、必要な時に見つからない、更新のタイミングを見逃すといった問題が起こりえます。これらの問題は、コンプライアンス違反や深刻な法的トラブルに直結する重大なリスクをはらんでいます。
この記事では、そうした課題を解決するための契約書管理の方法について解説します。
エクセルを使った基本的な管理から、専用システム導入の是非までふれていきます。自社に適した管理方法を見つけるためのヒントにしてみてください。
目次
契約書管理が重要な3つの理由
契約書管理は、単なる書類の整理ではありません。企業の成長と存続を支える、戦略的な意味合いを持っています。また、企業には、以下のように法律によって契約書を一定期間保管する義務があります。
(1)法人税法:契約書は、取引が終了した事業年度の確定申告書の提出期限から7年間保管する必要がある
(2)会社法:重要な契約書は、会社法上10年間の保管が推奨されている
(3)労働基準法:雇用契約書など労働関連の書類は、原則として5年間(当面は3年間)の保管が義務付けられている
(4)下請法親事業者は、下請法が適用される取引の契約書を、取引終了後2年間保管する義務がある
なかでも、法人税法と会社法の条文は以下のように規定されています。
『法人税法施行規則第五十九条 青色申告法人は、次に掲げる帳簿書類を整理し、起算日から七年間、これを納税地(第三号に掲げる書類にあつては、当該納税地又は同号の取引に係る国内の事務所、事業所その他これらに準ずるものの所在地)に保存しなければならない。』
引用:e-GoV法令検索「法人税施行規則」、https://laws.e-gov.go.jp/law/340M50000040012
『会計帳簿の作成及び保存第四百三十二条 株式会社は、法務省令で定めるところにより、適時に、正確な会計帳簿を作成しなければならない。2 株式会社は、会計帳簿の閉鎖の時から十年間、その会計帳簿及びその事業に関する重要な資料を保存しなければならない。』
引用:e-GoV法令検索「会社法」、https://laws.e-gov.go.jp/law/417AC0000000086
これらの保管義務を踏まえつつ、契約書管理が必要な理由についてみていきましょう。
法務上のリスク軽減
契約書は企業の取引における基盤であり、その適切な管理は法的義務の遵守から紛争時の証拠保全に至るまで、多岐にわたる重要な役割を担います。
(1)企業は、会社法や法人税法など、様々な法律によって契約書の一定期間の保管が義務付けられている。これらの義務を怠ると、罰則や信頼の失墜につながる可能性がある
(2)紛争やトラブルが発生した際、契約書は自社の正当性を証明する重要な証拠となる。契約書を紛失したり、内容を把握できていなかったりすると、訴訟で不利な立場に追い込まれるリスクがある
(3)契約内容を正確に把握することで、無用な契約違反を防ぎ、法務コンプライアンスを維持することができる
業務効率化の推進
契約書管理は、単なる書類の整理ではなく、企業の業務効率を飛躍的に向上させるための重要な要素です。適切な管理体制を構築すれば、日常業務の無駄をなくし、より生産的な活動に集中できるようになるでしょう。
(1)契約書の所在が明確になり、必要な情報にすぐにアクセスできるようになるため、書類を探す無駄な時間を削減できる
(2)更新期限を自動で通知する仕組みを導入すれば、更新手続きを忘れてしまうといった人的ミスを防げます。ビジネス機会の損失や不要なコストの発生を防ぐことが可能
(3)契約内容や交渉履歴を共有することで、担当者の異動や退職が発生しても、スムーズに業務を引き継ぎやすくなる
企業の知的資産としての活用
契約書は、企業の知的資産として活用できます。とくに、経営戦略の立案や事業の意思決定に役立つ重要なデータソースとなり得る点は知っておきましょう。
(1)過去の契約書は、価格交渉のデータや取引先の傾向など、貴重なビジネスナレッジの宝庫といえる。活用することで、将来の取引を有利に進めることができる
(2)類似案件の契約書を参考にすることで、法務部門の審査効率が向上し、契約締結までのリードタイムを短縮できる
(3)契約書管理を全社で一元化することで、部門間の連携が強化され、組織全体の生産性向上につながる
契約書管理の全体像:ライフサイクルに沿った管理フロー
契約書は、生まれてから役割を終えるまで、一連の決まった流れに沿って扱われます。この流れを「ライフサイクル」として捉えることで、管理すべき全体像が明確になります。
ここではライフサイクルに沿った管理フローについて解説します。
保管とアクセス管理
契約書を安全かつ効率的に保管する段階では、締結後の契約書を扱います。将来的なトラブルに備えるだけでなく、日常業務における参照性を高めるため、以下のように適切に管理しなければなりません。
(1) 物理的な保管: 紙の原本は、施錠できるキャビネットなどで厳重に管理し、紛失や破損を防ぐ
(2) 電子的な保管: 契約書をスキャンしてデータ化し、検索しやすいようにファイル名を統一して保存する
(3) アクセス管理: 誰がどの契約書を閲覧・編集できるかを明確に定め、情報漏洩や不正な改ざんを防ぐためのセキュリティ対策を講じる
履行管理とモニタリング
契約書の内容が適切に履行されているかを確認し、期限を管理します。この段階を疎かにすると、ビジネス上の機会損失や不要なコストが発生する可能性があるため、以下のようなチェックが必要です。
(1) 期限管理:契約期間の満了日や自動更新の有無、解約通知期限などを一覧で管理する。この管理が不十分だと、意図しない自動更新や、契約失効による機会損失のリスクが生じる
(2) 通知・アラート機能:重要な期限が迫った際に、担当者や関係部署に自動で通知する仕組みを導入することで、抜け漏れを防ぐ
(3) 履行状況の確認:支払日や納品日など、契約書に定められた義務が双方によって守られているかを確認する
更新・破棄管理
契約期間が終了した後の対応を決定し、実行する段階となります。法令を遵守し、情報漏洩のリスクを避けるための最終的なプロセスだといえるでしょう。
(1) 更新の判断:契約書の内容を再評価し、ビジネス上の必要性に応じて更新するか否かを判断する
(2) 法定保存期間の確認:契約書を破棄する前に、会社法や法人税法、電子帳簿保存法などの関連法令に基づく法定保存期間を確認する
(3) 適切な破棄:法定保存期間を過ぎた契約書は、情報漏洩のリスクを避けるため、シュレッダーにかけるなど適切な方法で破棄し、その記録を残す。
3つの主要な契約書管理方法の徹底比較
契約書管理には、主に3つの方法があります。それぞれの特徴を理解し、自社の規模や状況に合った最適な方法を選びましょう。
物理的な管理(紙)
物理的な管理は、最も伝統的で分かりやすい方法です。紙の契約書をファイルボックスやキャビネットに整理して保管します。
(1)メリット:手軽に始められ、特別なコストがかからない
(2)デメリット:契約書の量が増えると、目的の書類を探すのに時間がかかる。紛失や劣化のリスクがあり、リモートワークなどの柔軟な働き方には対応できない
エクセルでの管理
紙の契約書をスキャンしたデジタルデータをクラウドストレージなどに保存し、その台帳情報をエクセルで管理する方法です。
(1)メリット:既存のツールで始められるため、新たなコストはほぼかからない。契約書の基本情報(契約先、期限、金額など)を一覧で管理でき、簡単な検索も可能
(2)デメリット:エクセル自体に自動通知機能がないため、更新漏れが多発しやすく、人為的なミスが発生しやすい。アクセス権限設定が不十分だと、誤って内容を意図しないデータの書き換えや削除、情報流出の危険がある。複数人で同時に編集する際の煩雑さも課題
契約書管理システムの導入
契約書管理に特化したシステムやクラウドサービスを利用する方法です。
(1)メリット:圧倒的な検索性が強み。契約書名だけでなく、キーワードや契約先名などで瞬時に検索できる。自動通知機能により、更新期限を知らせてくれるため、更新漏れをなくせる。アクセス権限の設定やログ管理が可能なため、セキュリティも強化される
(2)デメリット:導入コストや月額費用が発生する。また、社内への定着には、ある程度の時間と教育が必要となる
エクセル管理からシステムへの移行:今すぐできる4つのステップ
エクセル管理に限界を感じている場合は、システムへの移行を検討する時期です。ここでは、移行を成功させるための具体的なステップをみていきましょう。
エクセルからシステムへの移行は、煩雑な契約書管理を抜本的に改善し、業務効率とセキュリティを飛躍的に向上させるための重要な投資となります。
契約書の棚卸しと電子化
現存するすべての契約書をリストアップし、必要なものと不要なものを分けましょう。次に、紙の契約書をスキャンしてPDF化します。この際、後の検索性と電子帳簿保存法への対応を見据え、「契約先名」「契約締結日」「件名」などを含めた厳格なファイル命名規則を統一しておくことが非常に重要です。
管理ルールの策定
新しい管理体制を構築する前に、社内ルールを明確に定めます。誰が契約書を管理する責任者か、どのような情報を台帳に登録するか、閲覧権限をどう設定するかなどを決めましょう。
優れたシステムを導入しても、ルールが曖昧だと効果を得られません。
システム選定のポイント
自社に最適なシステムを選ぶためには、以下の点を考慮しましょう。
(1)自社の課題解決:更新漏れ、検索性の悪さ、セキュリティリスクなど、自社が抱える最も大きな課題を解決できる機能を備えているかを確認する
(2)AI機能:AIによる自動入力機能は、台帳作成の手間を大幅に削減できる。とくに契約書が多い企業にとっては、重要な選定ポイントとなる(3)法的要件への対応:電子帳簿保存法に対応しているかを確認し、信頼性を評価する
導入後の運用計画
システム導入後は、スムーズな運用のためには以下のような計画が必要です。
(1) 社内トレーニングとマニュアルの整備ː 全従業員が新しいシステムを適切に使えるように操作方法に関する教育を実施し、分かりやすいマニュアルを事前に作成する
(2) 問い合わせ窓口の設置: システム利用中に疑問や問題が発生した際に、すぐに相談できる窓口を設けておくことで、従業員の不安を軽減し、システムの定着を促す
(3) 定期的な見直しと改善: 導入後も定期的に運用状況を見直し、非効率な点や改善すべき点がないかを確認することが大切
導入後も定期的に運用状況を見直す体制作りが重要といえます。
契約書保管のルールと注意点
契約書管理は、法的観点から見ても非常に重要です。ここでは、見落としがちなルールと注意点についてみていきましょう。
保管環境の重要性
契約書は、物理的な書類や電子データのどちらでも保管環境が重要です。適切な環境で保管しなければ、文書の劣化やデータ消失、情報漏洩といったリスクに直面します。
(1) 物理的な保管: 紙の契約書は、直射日光や湿気を避け、適切な温度・湿度の環境で保管する。また、盗難や火災のリスクに備え、耐火性のキャビネットなどに保管することも大切
(2) 電子データでの保管:電子データは、サイバー攻撃やシステムの故障によるデータ損失のリスクがある。ランサムウェアなどによるデータ破壊に備え、アクセス権限を厳密に管理するとともに、定期的なバックアップを必ず行う
電子帳簿保存法への対応
電子契約書やスキャンした契約書をデータとして保存する場合、電子帳簿保存法の要件を満たす必要があります。この法律が定める「真実性(データが改ざんされていないこと)」と「可視性(必要な情報にすぐアクセスできること)」を確保できるよう、システム導入時は必須要件として確認しなければなりません。
企業規模で考える最適な契約書管理方法
ここでは、企業の規模別に最適な管理方法をみていきましょう。
企業の規模や成長段階によって、最適な契約書管理方法は異なります。自社の状況に合わない無理な方法を選択すると、コストだけがかさんだり、業務効率が低下したりする可能性があります。
小規模企業・スタートアップ
契約書管理にかけられる予算や人員が限られているため、エクセルやスプレッドシートでの管理から始めましょう。契約書の数が少ないことから、更新日をカレンダーアプリに登録するなど、身近なツールでの工夫でも十分に対応できます。
しかし、事業拡大に伴い契約書の量が増加した場合は、管理の煩雑さやリスクを避けるため、システムの導入を検討しましょう。
中堅企業
事業が成長し、契約書の数がエクセルでは管理しきれないほどに増えていくと予想されます。必要な書類をすぐに見つけられなかったり、更新漏れによるリスクが高まったりする可能性もあるでしょう。
業務効率の改善と法的リスクの回避のため、契約書管理システムの導入をお勧めします。初期費用や月額費用を抑えた安価なプランや自社に必要な機能に絞ったシステムから導入を始めると良いでしょう。
大企業
契約書が膨大な量に達し、部署を横断した厳格な管理と連携が必須となります。組織全体のガバナンス強化とセキュリティ管理が最優先課題です。
そのため、高度な検索機能やアクセス権限の細かな設定が可能な契約書管理システムや契約の全過程を一元管理するCLM(契約ライフサイクルマネジメント)システムの導入が一般的です。安定性と拡張性を重視し、自社の課題を解決できる信頼性の高いシステムを選ぶことが重要となります。
理想的な契約書管理の考え方
ここでは、理想的な契約書管理の考え方についてみていきましょう。契約書管理は、単なる事務作業ではありません。契約書を徹底して管理することは、企業の価値を高め、将来の成長を確実にするための重要な経営戦略です。
契約書管理の徹底によって、法的リスクを最小限に抑え、業務効率を最大化することにつながります。
企業資産としての契約書管理
契約書は企業の成長とリスク軽減に直結する重要な資産です。契約書管理システムは、契約書を最大限に活用するための基盤となります。たとえば、AIを活用した類似契約書の検索や有利な交渉条件の抽出など、ナレッジの活用を促進できます。
また、契約書管理を法務部門だけでなく、事業部門を含めた全社的な資産と位置づけることにもつながるでしょう。適切なアクセス権限設定によって、必要な人が必要な情報にいつでもアクセスできる環境を構築し、組織全体の生産性を向上させます。業務効率化だけでなく、企業のガバナンス強化や持続的な企業価値向上に貢献可能です。
管理コストの最適化とガバナンス強化
契約書管理システムは、紙やエクセルでの管理で起こりがちな非効率な作業を根本から解決します。AIによる自動入力機能や高度な検索機能、自動通知機能により、管理にかかる手間と時間を大幅に削減し、管理コストを最適化します。
システムの厳格な管理体制は、企業のガバナンス強化にも貢献可能です。法的な保存期間を自動で管理し、期限が迫った契約について担当者にアラートを送れば、コンプライアンス違反のリスクを低減します。
また、誰がいつ、どの契約書にアクセスしたかの履歴を記録できるため、内部統制の強化や持続的な企業価値向上に貢献できるでしょう。
データの活用と組織の生産性向上
契約書管理システムによって、契約書内の情報を、ビジネスに役立つ「知恵」へと昇華させることが可能です。AIによる自動分析機能は、過去の契約データから成功事例や失敗のパターンを抽出し、交渉の成功率向上や潜在リスクの早期発見につなげられます。特定の担当者だけが持っていたノウハウを組織全体の貴重な資産に変えられるでしょう。
まとめ
契約書管理は、会社の成長を支える土台(インフラ)です。適切な管理によって、法的リスクを回避し、業務効率を向上させ、知的資産を活用できます。企業の規模に合わせた最適な方法を選び、契約書のライフサイクルに沿った管理を徹底しましょう。
また、システムの導入によって、リスク軽減と生産性向上に大きく貢献できます。契約書管理を未来への投資と捉えることで、企業の競争力が高まります。システムを導入する際は、自社の課題を明確にしたうえで、管理ルールの策定や運用計画を立てることが成功の鍵です。